経営情報
ある研究会で自己成長について10分間スピーチをすることになった。80歳に手がとどこうとする自分にとって今後の自己成長とは何かと改めて考えてみた。成長といってもその指標は何か、収入か、所得か、顧問先かといったことがあげられるが、いずれもそうではない。自分にとっての指標は長年従事している製品開発に必要な知識(R&D‐knowledge)かと思う。何故なら、製品開発に必要な知識による中小企業支援によりその企業の成長支援に貢献できるからである。
このような観点からこれまでの自分の軌跡を振り返った。プロダクトライフサイクルでいう導入期は、化学品製造会社に入社し生産管理、経営企画の仕事をしていた頃(~1970年)が事業計画作成と作成した計画の進捗管理に関する知識の習得に役立ったというとで、導入期かと思う。
そして、開発室でPCB代替品の製品開発に携わった頃から成長期に入り、開発した製品を営業部で販売しオイルショックを機に月商3億円の売上をあげ、相応の利益も獲得した時期が成長期のピークかと思う。成長期(1971年~1977年)では、マーケティングの知識はもとより化学品を開発するために有機化学物質の構造解析、製造方法にまで立ち入り技術陣と議論できたことが、大いにその後の化学品の製品開発を行う上で役立った。
その後、大阪営業所で管理者として営業業務に従事した後、東京に戻り再び合成樹脂製品の開発販売を担当した。この時期には光学材料(プラスチックレンズ)、圧電性プラスチックフィルムの製品化という、それなりの成果をあげたが、そのいずれもが成長期に習得した知識の活用であり、新たな知識の習得は無かった。この時期が成熟期の前期(1978年~1995年)かと思う。
1996年中小企業診断士として独立しこれまでに習得した知識を活用し、現在は中小企業の成長支援、再生支援にあたっているがこの時期が成長期後期(1996年~)かと思う。このままの状態で推移すればやがて先細りになり衰退する。しかし、本年に入り中小企業診断士受験時に学んだ情報システム構築の手法、以前の会社の退社数年前に習得した目標管理のための人事評価に関する手法を活用し人事評価制度の構築にあたることとなった。当事業で成果をあげれば人事評価に関する知識創造につながり、衰退期にさしかかった成長曲線が再び新たな成長期に入る。そしてこの成果を活用すればそれなりの収益を上げることができると思う。
一方、自己実現の後は何であるかついて考えた。自己実現の後は真・善・美という人もいる。インターネットで検索すると他人実現という言葉があった。はからずも、久し振りで訪問した元顧問先の社長から、浜松ホトニックの社長が理事長の光産業創生大学院大学で光技術を学ぶ間、出世払いで当社長の会社の人材育成教育に当たって欲しい旨を懇願される。世のため人のために尽くすのが人の人たる由縁かと思い、この申し出を赤ひげ診断士になったつもりで受けようかと思う。
以上
~自己実現の後に~ 長屋 勝彦
長屋 勝彦
ある研究会で自己成長について10分間スピーチをすることになった。80歳に手がとどこうとする自分にとって今後の自己成長とは何かと改めて考えてみた。成長といってもその指標は何か、収入か、所得か、顧問先かといったことがあげられるが、いずれもそうではない。自分にとっての指標は長年従事している製品開発に必要な知識(R&D‐knowledge)かと思う。何故なら、製品開発に必要な知識による中小企業支援によりその企業の成長支援に貢献できるからである。
このような観点からこれまでの自分の軌跡を振り返った。プロダクトライフサイクルでいう導入期は、化学品製造会社に入社し生産管理、経営企画の仕事をしていた頃(~1970年)が事業計画作成と作成した計画の進捗管理に関する知識の習得に役立ったというとで、導入期かと思う。
そして、開発室でPCB代替品の製品開発に携わった頃から成長期に入り、開発した製品を営業部で販売しオイルショックを機に月商3億円の売上をあげ、相応の利益も獲得した時期が成長期のピークかと思う。成長期(1971年~1977年)では、マーケティングの知識はもとより化学品を開発するために有機化学物質の構造解析、製造方法にまで立ち入り技術陣と議論できたことが、大いにその後の化学品の製品開発を行う上で役立った。
その後、大阪営業所で管理者として営業業務に従事した後、東京に戻り再び合成樹脂製品の開発販売を担当した。この時期には光学材料(プラスチックレンズ)、圧電性プラスチックフィルムの製品化という、それなりの成果をあげたが、そのいずれもが成長期に習得した知識の活用であり、新たな知識の習得は無かった。この時期が成熟期の前期(1978年~1995年)かと思う。
1996年中小企業診断士として独立しこれまでに習得した知識を活用し、現在は中小企業の成長支援、再生支援にあたっているがこの時期が成長期後期(1996年~)かと思う。このままの状態で推移すればやがて先細りになり衰退する。しかし、本年に入り中小企業診断士受験時に学んだ情報システム構築の手法、以前の会社の退社数年前に習得した目標管理のための人事評価に関する手法を活用し人事評価制度の構築にあたることとなった。当事業で成果をあげれば人事評価に関する知識創造につながり、衰退期にさしかかった成長曲線が再び新たな成長期に入る。そしてこの成果を活用すればそれなりの収益を上げることができると思う。
一方、自己実現の後は何であるかついて考えた。自己実現の後は真・善・美という人もいる。インターネットで検索すると他人実現という言葉があった。はからずも、久し振りで訪問した元顧問先の社長から、浜松ホトニックの社長が理事長の光産業創生大学院大学で光技術を学ぶ間、出世払いで当社長の会社の人材育成教育に当たって欲しい旨を懇願される。世のため人のために尽くすのが人の人たる由縁かと思い、この申し出を赤ひげ診断士になったつもりで受けようかと思う。
以上
仕事に愛があれば・・・ 【岩本 亨】
岩本 亨
3月初めのNHKテレビ「プロフェッショナル仕事の流儀」という番組で、宮城県秋保温泉にある「主婦の店 さいち」というスーパーマーケットを紹介していた。題して「二人の約束 魂の惣菜 食品スーパー経営者/佐藤啓二・澄子」。
自家製おはぎを1日平均5,000個売る店。今までの最高は25,000個とのこと。お総菜や弁当も自家製でおいしそうだった。社長と専務のご夫妻がスーパーマーケットに業態展開し、価格競争に疲れ果て、経営危機を乗り越えてたどり着いた今の経営方針。安売り競争するのではなく、お客さんに喜んでもらえるオリジナルなものを提供すること。
先週、義父の三回忌で岩手に行く予定があったので、仙台で途中下車し、レンタカーでお店を見に行った。おはぎの棚の前には人だかりができていた。その手前に陳列されているお惣菜はみんなおいしそうで、しかも安い。個食に対応して一人分の惣菜が100円~売っている。お弁当やちらしずしも魅力的だった。
店で販売されていた「惣菜弁当の殿堂 味付けは親心、盛り付けは活け花の心得 主婦の店さいち惣菜弁当全集」という書籍を購入したが、まさに「味付けは親心、盛り付けは活け花の心得」は的を射た表現と感じた。
6億円くらいの年商の半分を惣菜で稼いでいるという。平均的なスーパーの惣菜の構成比が10%くらいなので突出している。秋保温泉周辺の商圏人口は4,000人くらい。その商圏内のお客さんだけではなく、私のように県外から買いに来る人や観光客も来店しているらしい。訪問当日も駐車場には警備員が二人いて、対応していた。県外ナンバーもちらほらあった。
おはぎを2種類、惣菜を3種類、ホタテご飯といなりずし、高菜おにぎりを購入。完全に買い過ぎだと思いつつ、近くの公園でおはぎと惣菜を頂いた。やさしい味。スーパーやデパ地下の惣菜と見た目も味も違っている。それぞれから作った人の愛が感じられた。
東京に戻って、近所のスーパーで惣菜を見たが、同じようなメニューなのに、なぜこんなに違うのだろうか?と驚いた。盛り付けにこだわらないからか全くおいしそうに見えない。だから買いたくならない。「さいち」では見た瞬間に食べたい気持ちになった。視覚から食欲の中枢に情報が伝わるような実感(?)があった。同じようなものなのに、もったいない話である。
お客さんの声を聴いてメニューや味付けに反映させる。おはぎを始めたのも、「帰省してくる孫におはぎを食べさせたいけど、家では難しくて作れない」というおばあさんの声だったという。
品質にこだわり、顧客を大事にし、価格で勝負しないけど結果的に低価格で提供している仕組みを目の当たりにして、苦境の原因を環境のせいにしている経営者に見に来て、自分の経営姿勢を振り返って欲しいと感じた。
私自身の仕事に対する取り組み姿勢についても振り返る良い機会となった。
思考は夜開く 【長屋勝彦】
長屋 勝彦
昨日、クライアントと仲間から提案書作成とカリキュラム作成の依頼を受けた。一つ目はD社の人事評価制度の仕組みの構築、二つ目はYさんからの経営革新のカリキュラム作成である。D社社長とは茨城県中小企業振興公社の仕事をしていた時からの既知の仲であり、先月東京都中小小企業診断士協会の実務従事事業を指導員として診断した企業である。
前者は来週末のD社の役員会にかけるため、その前日までに人制度構築に関する提案書提出を作成して欲しいとの依頼である。社長は、「私も土日にも働いているから、あなたも経営者であれば土日で提案証を作成することができる。」ということで来週末の役員会までに間に合わせ提案することを約束した。
社長の提案に対して、ざっくりとした金額を提示したが高いというイメージを持たれた。その額は中小企業でなければ当然受け入れられる妥当な額である。社長は前回依頼した中小企業診断士の報酬を25千円/日で引き受けてもらったが、今回の提案の報酬が高いのではと考えておられるようである。これに対し、「公的支援機関からの支援も前提にベストプライスにより作成するが、これからの成長を期待するのであれば提案の内容をみて欲しい、安かろうの提案ではなく、貴社にジャストフィットした提案をしたい。」という話をした。又、ジョークを交え、「企業として飛躍するためには一流を目指すべきで、何時までもラーメンライスではなく、たまには寿司、フランス料理も食べる必要があると思う。」というようなことを話した。社長とはざっくばらんに話ができる間柄であるということを想定しての話である。これに対し、「そうかもしれない、しかし、今景気が良いといって財布のひもを緩めるわけにいかない、オリンピック後は落ちることが明白だから。」いう言葉を聞いた。商工会議所、中小企業活性化センターと相談しベストプライスを出すにしても、「オリンピック後を考えると今は景気がいいからという気持ちにならない、気持ちを引き締めなければならない。」といわれた社長の言葉は耳に残った。
二つ目のカリキュラム作成はS商工会議所のカリキュラム作成で経営指導員向けの経営革新に関するものである。こちらの方は話の内容を電話で聞きながら大体の構想を固めることができた。それでも研修時間5時間という短時間に必要な内容をどう盛り込むかは工夫が要ると思った。カリキュラムは帰宅後作成に取り掛かり途中まで作成し、多分寝ている間にアイデアが出るだろうと思い就寝した。
案の定、二つのことが気になりいつもより早く目が覚めた。起床しすらすらと完成させることができた。そして、9時早々に千葉県中小企業経営支援センターに連絡し人事評価制度構築についての支援の可能性を聞いた。当センターの話では支援は可能であるが、その前に身元を確認したいのでD社から当センターに直接電話をして欲しいとのことであった。早速D社にその旨を伝えた。その時社長に、週末の土日で提案書の作成を約束したが、週明けには出張が入っているので納期までの提出は困難である旨の話をした。社長から「早急に電話する。納期のことは気にしないで欲しい。」ということを言われた。D社長は創業者でワンマン経営者である。役員会は社長の裁量で処理されると思った。しかし、翌日、先に話した見積の内容(企画書)はメールで伝えた。
創造性開発のオーソリティ元奈良女子大の中山正和教授は、「アイデアだしは寝ている間に出てくる。それまでに、物事を縦から、横から、ななめから眺め、それでも、でなければ寝ることである。アイデアは寝ている間に熟成する。」といわれた。又、指導者の間では「血の小便が出るまで努力せよ。」と言われている。血の小便はしたことがないが要するに物事に集中して全霊を傾けて取り組めということかと思う。
70歳をはるかに過ぎた身ではあるが、アイデアだしは年を越えて必要であり、アイデアがでたときの感動は素晴らしいものであると思うこの頃である。人事制度構築は診断士となってしたい仕事の一つであるが、今回はそこ(感動)までには至っていない。
以上
10年振りのD社の企業診断 【長屋勝彦】
長屋 勝彦
7年振りに中小企業診断士6名で1か月の予定でグループ診断を行った。D社は10年前、実補修指導員として診断を行ったことがある。D社社長とは茨城県中小企業振興公社勤務時代に受注・販路開拓エキスパートとしてお世話になって以来、メール等でやりとりをしている。
D社長は新潟県から単身上京し管工事業を起こし一代で従業員40名の会社に育て上げた苦労人である。10年前は年商10億円の会社であったが、官民の好調な設備投資の影響を受け現在は年商16億円、当期利益0.5億円の優良企業である。社長から診断に当って、4月から始まる来期の経営指針つくりを依頼された。同時に、5年かけて従業員の中から後継者指名のための分社化体制作りも依頼された。
今回は、中小企業診断士協会の主催する実務従事事業として行うため、診断企業、案件の特徴を記載した申請書を作成しWEBによりメンバーを公募した。幸い、公募開始後20分弱で定員に達し案件として成立しスタートすることができた。しかし、公募要件として高度な診断ノウハウ提供という文言にチェックしたものの今一つ不安を抱き、副指導員を知り合いの診断士に依頼した。
結果は案ずるより産むがやすし、メンバーはいずれも多彩で有能、これまでの振返りとともに来期から5年間の事業計画を作成、これを踏まえた来期の経営指針を作成した。その報告会を今月末社長に行う予定である。ちなみに5年後は繰越利益額が負債を上回る企業となるが、一層の成長を目指すためには獲得した利益でどのような投資を行うかをメンバーで議論した。
社長は5年後70歳、ご子息はおられるが事業承継の意思はなく従業員に株式を譲渡し、一線を引かれるという。その時も気力、体力は充実されていると思う。世のため、人のために働いてこられた社長の真のビジョンは何であろうかと考えるこの頃である。マズローの欲求段階説では自己実現が最も高次の欲求であるというが、その後は、真善美の追求であるという。翻って社長より年配の自分自身はどうか。診断報告会終了後その後の人生観について聴きたいと思うこの頃である。
以上
箱根駅伝に想う 【長屋勝彦】
長屋 勝彦
今年も1月2日、3日と箱根駅伝をテレビでみた。今年は創部97年、箱根駅伝20回目の出場の青山学院が初優勝した。沿道の風景、観戦者、監督、選手の表情を交え競技の状況を見るのが楽しみであり、箱根駅伝が終わると「正月も終わったかな」という気分になる。
何故、箱根駅伝をみるのかというと、駅伝を通して解説者がエピソードも交えて紹介する選手やその家族、監督の言動についての話をききながら、自分の人生と重ね合せ思いを巡らしてながら見れるからである。
「育ててくれた今は亡き親への感謝をこめて」というアナウンサーの言葉に「頑張れ」と言いたくなる。今年ほほえましかったのは走る一人の選手について「最近付き合う彼女ができたことです」という紹介があった。「良かったね」と言いたくなる。又、沿道で親が自分の子が走る姿を応援する姿をみれば、自分もその子の親であれば応援に行くであろうと思ったりもする。
中でも、監督が後方で車上から選手にかけるとばす激にも指導者としての情熱とともに選手に対する思いやりを感じ、感銘を受ける。「この調子で突っ走れ」、「これまでの苦労を無駄にするな」、「今年で最後だ、悔いのない走りをしよう」、ブレーキを起こし意識が薄れた選手に、「校歌をうたった」といった監督の言葉が解説者から紹介される。競技終了後の監督インタビューで、「箱根を活躍の土台にして羽ばたいて欲しい」といった言葉にも共感を覚えた。
翻って、今年は経済成長の正念場である。経済成長を支えるには起業・創業活動を活発にすることである。今年は小規模事業者に対し更なる支援としてハンズオンの中小企業施策が用意される。中小企業施策では中小企業診断士は人生を賭して取り組む起業・創業者の伴走者として支援する必要があると中小企業白書では言っている。
単に正論をいい、進めるのではなく創業者の立場に立って創業者の長所を伸ばすことを念頭に行動することが大切であると箱根駅伝をみながら一人思った。勿論、顧問先の社員にも愛情を込めた指導が必要であることは言うまでもない
以上