リーダーシップ
妻の実家で、義弟夫妻と一緒になった。長男と長女とともに帰省していた。長女はまだ生後8ケ月だが、体重が9Kg。丸々として元気いっぱいの赤ちゃん。親族中の人気者だ。ご機嫌な時の方が多いが、当然泣くこともある。泣き方も元気いっぱい。昨夜、おなかが空いて泣き出した。こんなことを書いてしまうと、義弟夫妻に怒られそうだが、その泣き方に感動した。大きな声で、力の限り、何かを訴えている様子。本人はそんなつもりはないのかもしれないが一生懸命さが伝わり、周りが何かをしてあげたくなる。
この時期、夏の甲子園で熱戦が繰り広げられている。「高校野球は、プロ野球より面白い」とたくさんの人が言っている。私もそう思う。何故か・・・? ひたむきさが伝わってくるからだろう。しかもトーナメント方式で、負ければ3年生球児たちの高校野球が終わる。その緊張感と無常さが背景にある。だから、観る人々を感動させる。プロ野球は技術的には当然上だが、一戦一戦にそんな緊張感はない。おのずと一生懸命さの度合いも違っている。
翻って自分はどうなのか? 誰かを感動させられるくらいの緊張感を持って、一生懸命に日々を生きているのか? ダラダラと日々を過ごしていないか? 夏休みなので、この数日は別にして、日々時間に追われている自分を振り返ってみると、いつの間にか集中すべき仕事を、一生懸命の7割にも満たない状態で流してしまっているのではないかと反省した。
「無心に一生懸命」・・・。いろいろなことにそのように取り組むことができれば、その人の周りにいる人たちも、何とかしてあげたいという気持ちを持つ。組織の中でもリーダーがそのようなスタンス(姿勢)で取り組んでいれば、固い結束が生まれるだろう。姪の泣き声と高校野球のテレビ観戦を通じてそんなことを考えてしまう私は、仕事のし過ぎで、集中力意を欠いてしまっているのだろうか・・・?
無心に一生懸命 【岩本 亨】
岩本 亨
妻の実家で、義弟夫妻と一緒になった。長男と長女とともに帰省していた。長女はまだ生後8ケ月だが、体重が9Kg。丸々として元気いっぱいの赤ちゃん。親族中の人気者だ。ご機嫌な時の方が多いが、当然泣くこともある。泣き方も元気いっぱい。昨夜、おなかが空いて泣き出した。こんなことを書いてしまうと、義弟夫妻に怒られそうだが、その泣き方に感動した。大きな声で、力の限り、何かを訴えている様子。本人はそんなつもりはないのかもしれないが一生懸命さが伝わり、周りが何かをしてあげたくなる。
この時期、夏の甲子園で熱戦が繰り広げられている。「高校野球は、プロ野球より面白い」とたくさんの人が言っている。私もそう思う。何故か・・・? ひたむきさが伝わってくるからだろう。しかもトーナメント方式で、負ければ3年生球児たちの高校野球が終わる。その緊張感と無常さが背景にある。だから、観る人々を感動させる。プロ野球は技術的には当然上だが、一戦一戦にそんな緊張感はない。おのずと一生懸命さの度合いも違っている。
翻って自分はどうなのか? 誰かを感動させられるくらいの緊張感を持って、一生懸命に日々を生きているのか? ダラダラと日々を過ごしていないか? 夏休みなので、この数日は別にして、日々時間に追われている自分を振り返ってみると、いつの間にか集中すべき仕事を、一生懸命の7割にも満たない状態で流してしまっているのではないかと反省した。
「無心に一生懸命」・・・。いろいろなことにそのように取り組むことができれば、その人の周りにいる人たちも、何とかしてあげたいという気持ちを持つ。組織の中でもリーダーがそのようなスタンス(姿勢)で取り組んでいれば、固い結束が生まれるだろう。姪の泣き声と高校野球のテレビ観戦を通じてそんなことを考えてしまう私は、仕事のし過ぎで、集中力意を欠いてしまっているのだろうか・・・?
自業自得で考えてみると・・・ 【岩本 亨】
岩本 亨
昨年6月4日のブログにも記述したが、金融円滑化法が今年度末をもって期限切れを迎える。昨年11月1日に金融担当大臣が「法律の期限が切れても、考え方は踏襲する」という談話を発表した。最初は何を言っているのかよくわからなかったが、いろいろと情報収集をしたところ、以下のような解釈のようである。 「リスケ(返済猶予)していても、経営改善計画を立てて支援金融機関の同意も得た上で、きちんと経営活動をし、最低限80%以上の達成状況であれば、支援をし続ける。債務者区分も正常債権のまま据え置く。」
この債務者区分だが、金融機関は貸し出している先の企業のランク付けをしている。監督官庁である金融庁の指導もあるため、きちんと対応している。正常債権であれば、その企業に金融機関は新規融資できるが、不良債権になってしまえば、その企業には新規融資できなくなる。
金融機関は毎年一度、各貸出先企業の自己査定を行い、債務者区分の見直しをする。経営状況が芳しくない状態が続き、経営改善計画の達成もままならない企業については、債務者区分が引き下げられることになる。そうなると、金融機関の態度は「支援」から「回収」へと変わる。
「金融機関の態度が手の平を返したように、急変した」という話をよく聞く。マスコミはそれを称して「貸し剥がし、貸し渋り」と言っている。私が聞く限りほとんどのケースで、金融機関はルールに則って対応している。経営状況が悪くなってしまったので、仕方がない対応なのである。
どうすれば良いか・・・?。経営状態を良くする以外にはない。しっかりした計画を立て、金融機関の合意を取り付け、確実に達成していくのである。
「景気が悪いから」、「政治が悪いから」・・・といろいろな言い訳をする経営者がいるが、話を聞いてみると、ほとんどのケースで経営の基本的なことがきちんとできていない。「やるべきことをやらずして、外部環境のせいにしていたって、会社経営はうまくいかないでしょ・・・?」
良い結果でも悪い結果でも、結果には必ず原因がある。その原因を自分以外に求めている限り会社の成長は難しい。このことは、個人についても言える。
仕事上で何等か悪い結果を招いてしまった時、みなさんはどのように考えますか? 自業自得の観点で、振り返ってみると、気が付かなかったことが見えてくるかもしれません。私自身の自戒を込めて・・・。
「せっかく」を付けて話をしてみよう 【岩本 亨】
岩本 亨
オリンピックに二回出場し、銅メダルと銀メダルを獲得したマラソンランナーの有森裕子さん。彼女とは直接面識はないが、株式会社リクルートに同時期に在籍していた。彼女の直属の上司だったY君と同じ職場で働いていたことがある。彼が私に教えてくれたこと。「有森と話していて、すごいなぁって思ったのは、彼女は『どうせ』って言葉を使わないんだ。どんな大変なことがあっても『せっかく』を付けて話をする・・・」
例えば、足の調子が悪くなり、本来の練習ができなくなったとき、「せっかく練習できないんだから、普段考えられないことをじっくり考えよう」って感じらしい。
昨年、私は50歳の誕生日を迎えた。生涯現役で少しでも社会貢献したい。仕事をし続けたいと考え、独立開業した。最近、「どうせもう、50歳なんだから努力しても無駄じゃないか・・・?」という気持ちが過る(よぎる)ことがある。そんな自分に、自分自身でもびっくりする。20代、30代の感覚で言うと、50歳はもう老年に近いイメージではないだろうか。20年前そう思っていた。いざ自分がそうなると、まだまだ若い気持ちで日々活動しているが、ふとした時に、「どうせ」を付けてしまうのだ。
「どうせ」を付けるとネガティブ思考に、「せっかく」を付けるとポジティブ思考になる。人間諦めたら成長もない。今後20年、30年活躍するために、改めて「せっかく」の大切さを噛み締めている昨今である。
想定外を想定する 【遠藤弘之】
遠藤 弘之
この言葉は、この3月末頃の新聞などに載った言葉である。
昨年の大震災と原発への対応問題への反省から、国民に今後の意識変革を促す意味があると考えられる。 特に、危機・リスクマネジメントなどに興味のある人たちには考えさせられるところが多い言葉である。
一般に、仕事には、目的があり、それを達成するための策として強み弱みも考える上に、更に色々なリスクも考えていく必要がある。そのリスク発生の可能性・頻度・起きた時の影響度なども出来うる限り客観的に想定し、対応策には優先順位が付けられる。
しかし、優先順位が低いと、費用対効果とか効率性などから、具体的な対応策は計らない場合が多い。が、多少のリスクを意識して、注意を怠らないようにする、つまり観察を継続することが大切になる。民間会社の経験からすると観察する分担を如何にするのかという課題はあるが、観察していこうとする意識があり(想定外に置かない)、少しでも状況変化があれば、優先順位を見直す姿勢があった。従って、リーダーの役割は大変であった。
今回の大震災や原発事故の問題の場合、リスクは認識されていたようである。が、頻度、可能性が低いこともあり、効率性などから想定外に置かれたのではと危惧される。
ここでの問題は、今回の言葉の中で「想定外」は、優先順位がかなり低いリスクを本当に想定外に置いてしまったという判断の扱い方にあるように思う。つまり、限られた資源と時間の使い方に対し、効率という判断が優先されたのではないのか。
皆さんは、「想定外を想定する」という言葉には、納得される部分も多いとは思うが、何故今回のように想定してしまったのかをもう一度考えてみることも大切なことではないか。
数字を追うな、良い仕事を狙え 【遠藤弘之】
遠藤 弘之
この期末を迎えた頃になると、“この1年間”の自分等の仕事の結果はどうだったのかということが気になりだし始める。
今考えると、人事評価は、バブル崩壊前は、能力評価システムが主流であった。が、バブル崩壊後は、結果・成果(数字)を追い求める傾向が強く、所謂 成果主義システムに走っていた。
従って、人事評価では、業績評価部分が多くを占める傾向になり、期初に描いた目標に対し、その業績結果(成果)が得られず、何を評価をするのかという思いが、心に沸いてきていたことがあった。
とにかく当時、目標達成度を評価する上で、目標内容に数字を入れて、見定めようとする傾向が強かった。一般的には、営業関係では売上額、販売量などが、製造関係では歩留(収率、製造量)や合理化(人員削減、工程見直しなど)などの数字が。それらを期初の目標として、上司と自分との間で決めて目標としたりしていた。ところが自分がいた研究開発関係は目標も数字にし難く、毎回頭を悩ませていた。
が、商品化や完成度が易しい開発目標は、競争力も低く、販売に結びついたとしても、組織全体への影響も低く、評価点は良いが、これで良いのかと思いながらの評価となる時もあった。
以前にもブログに書いたが、20年間も同じテーマを取り上げ続け、グローバルな事業に育て上げるには、そこまでのプロセス(進め方)に焦点を当てて評価(所謂、情意評価等)しないと良い結果に結び付けられなかったのではないのかということを書いたことがあった。
昨今は、業種や業務により、業績評価の割合は異なるだろうが、大事なことは、組織全体の目標に取って意味のある良い仕事(業務)をやり続けさせることにあると思う。
特に、最近の変化が激しく不確定な時代では、地味ではあるが、“良い仕事“を意識していくことが大切であろう。どの業種や分野でも同じではないのかと思う。